復活002 : その時のこと。

大震災のあった、3月11日、私は都心の職場にいました。
大きな揺れ、いつまでたっても収まらない。
明らかに、ふだんの地震と違っていました。

すぐに社内放送が流れ始め、震源地と震度を知ることができた。
携帯のワンセグを見せてもらい、仙台空港が水没している姿を知る。

別のテレビで、農地をさかのぼり、ビニールハウスを飲み込んでいく津波を見た。
そして画面には、大津波警報が流れ続けていた。
その大きさに驚く。「10m」。

インドネシアの大津波、他人事だと思っていた津波が、まさか日本で起きているとは。
まったく信じられなかった。

電車は全く動きそうにない。
そして、職場から家までは、歩いて帰れそうにもない。
私は、早々と、帰らないことを決め。
とりあえず、気を紛らわせるため、仕事を続けた。

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この記事へのコメント

2011年03月26日 00:34
私も同じでした。
都心の職場にいました。もうこれで私も終わりかな?なんて思ったりもしました。
本当に怖かったです。
その夜は京急も動かず職場である事務所にダンボールを敷き、泊りました。
翌日は洗顔もしないで1日勤務したんですよ。
何もかも初めての経験でした。
みんなで復興に向けて頑張らないといけませんね。
頑張りましょうね。
ママチャリライダー
2011年03月27日 02:02
お久しぶりです。
ずっと元気でした!ご心配をおかけいたしました。
毎年、この時期になると、再開しようかどうしようか迷っていました。

また落ち着いたら、写真も撮っていこうと思っています。
しばらくは、文章だけ書き続けます。

がんばりましょう!!

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